Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “初 午”B
 


          




 今年はこの何年かに比べれば、雪も少ない暖かな冬だったけれど。あと少しで春が来るという今頃になって、晴れた日ほど朝晩がそれはそれは寒かったりもしで。衾から肩や爪先が出てはいないか、こっそりと確かめて下さる気配を感じながら、ああもう朝が来るんだなぁと、うっとり感じていたりする瀬那だったりし。冬が終わってしまう前にと、大慌てで山ほどの“寒い”を持って来て、暖かだった分の帳尻を埋め合わせているみたいだよななんて、お師匠様が笑って言ってた。
『ぎりで焦るだなんて、夏休みの宿題かっつーの。』
『はい?』
 お館様、時代考証を考えて 物言って下さいませです。
(苦笑) それはともかく。今朝も随分な冷え込みとなり、こんな時期はお百姓さんも大変でしょうね、霜が降りて菜ものがダメになるそうですよと、賄い方のおばさまが教えて下さったのを噛みしめながら。そんなお話をしつつこっそりとお湯飲みに注いで下さった、蜂蜜とキンカンのショウガ湯を。自分のお部屋の窓の傍にて、ふうふうと冷ましては、セナくん、少しずつ味わっているところ。特別な階級のお館様の下へは、他の貴族様がたとのお付き合いはあんまり広くないってのにもかかわらず、珍しいものや高価なものも色々と集まって来るものならしくって。蜂蜜やお茶なんてものもそうだし、羊さんの毛並みを夏に刈り取り、それを紡いだ糸で編んだという、それはそれは暖かな織物も、此処には当たり前にあったりし。セナが肩に掛けている“しょおる”は、進さんが不思議な力で取り寄せて下さったものだけれど、それでもこういうものもあるのだよということは、ずっと前から知っていた。役目がらという以前から、色々なものへの知識や造詣が深くていらっしゃるお館様なので、博士つきの通詞をなさっていたそのままに五行学者となられた高見様や、上司にあたる神祗官のご子息、武者小路紫苑様などとの、学問を通じたお付き合いは深く。そこからの縁で珍しいものも、他の貴族の方々よりも、うんと容易く取り寄せられる身でおいで。他にも、工部省の武蔵さんとか、忘れてはいけない、桜の宮様こと東宮様からの思し召しもあっての、渡来の知識や技術、物品もいち早く御存知のお館様は、されど、それらを自慢げにひけらかすのではなく、当たり前のものとしてその身へ馴染ませ、吸収しておいで。そうして…必要なときにだけ、何の説明もなしにひょいっと持ち出し、解決へ役立てる。ああいうさりげないことが、本当の知識人なのだなぁと、感心することしきりなセナくんではあるが、

 “…でも、それは怖い怪談を一杯知ってるのは余計だと思う。”

 あはは、雑学にも選り好みはあるってトコでしょか?
(苦笑) いかにも鹿爪らしいお顔をしつつ、ずずず…っと甘いキンカン湯を味わって。ふと、

  「………。」

 それは静かで、ちょっぴり寒いのもまた爽やかな空気を一際冴えさせている、そんな…いかにも“料峭の候”を感じさせる朝の一時に。ふっと、物思うお顔になってしまったセナくんだったりし。何事かに心捕らわれてしまった彼を案じてか、セナ一人しか居なかったはずの空間へ、近寄る気配も音もなく、だのに結構な存在感を帯びて現れた影があり、

  《 主
(あるじ)?》

 日頃 屈託のないセナには、物思うことが似合わないとか柄じゃないとか、そんな余計なお世話なことを意見しに来たのではなく。
(こらこら) ただただ純粋に、案じることがあるのなら何か手助け致しましょうかと現れた彼こそは、セナの御魂に惹かれて宿りし、進という“憑神”で。見た目は…着付けた衣紋もきりりと鋭角に映える、それは屈強精悍な体躯をした男衆。まだ若々しい年頃風情でありながら、厳格そうな武骨そうな、少々堅物そうな青年…という風貌容姿の彼ではあるが、何処からともなく現れたことからも判るように、人ではあらぬ存在。幼いが咒力のずば抜けて高いセナを慕って彼に憑き、何物からも主人を護るとする“守護”なれど、
「…進さん。」
 その風貌がセナよりも“お兄さん”なものだから。ついついの“さん付け・ですます”という対し方がなかなか改まらないセナであり。今も、
「ごめんなさい。心配させてしまったのですね。」
 気を遣って下さったのですねと恐縮している、腰の低いご主人様だったりするのが、進には少々面映ゆい。だったらそういうお顔をすればいいのだが、これまた…無表情なその上、寡黙なお方なものだから、セナには伝わりようがなく。これをその筋で“破れ鍋に綴じ蓋”と言ったりする。
(苦笑)
《 何か、障るものでもお在りか?》
 気になるなら探査して取り除くがと、わざわざ訊くようになっただけ、これでも進歩した方で。セナに認知される前は、ただただ勝手な暴走で、セナを傷つけるもの皆薙ぎ倒していた彼だったことを思えば、分別がついた方かも。勿論のこと、セナもまた、
「あ・いえ。そうまでしていただくほどでは。」
 ありませんと、言いかけて、だが。その口が象ったは軽く結ばれた一文字。どうなんだろか、そうなんだろかと、彼自身にも判別のつかぬものに、ついつい気を取られていたセナであり、
「こういうことってあるのでしょうか。」
《 ?》
 戸口近くの下座に、片膝立てて座し、いかにも“控えて”いる進の方へと体を向けて、
「何かが見えるとか感じられるとかいうんじゃないんです。ただ…。」
 咒力が強いが制御はまだまだ。師匠である蛭魔からも、

  ――― 膨大な力とそれから、研ぎ澄まされた感知の力を持つがゆえに、

 何でも拾ってしまうことが徒になり、臆病な気性になっちまったのだと言われている。それでの、
「考え過ぎなのかなぁと、思う端から、でもだけど。気になる何かを感じてか、妙に心が騒ぐんです。」
 それも。同じ調子の同じ気色の“何か”だから、余計に気になる。同じものが、ずっと。それって、何か1つもの、だってことじゃあないのかな。何かが間違いなく近づいては離れしてるってこと?
《 だが。害意も悪意も感じられないぞ?》
 進だとて、憑神として並外れた等級の感応力は持っている身。セナを害す者が近づこうものならば、それこそ問答無用で跳ね飛ばしているだろし、セナの感覚からまだ拭いされぬそれが良からぬものであるのなら、警戒心をもっとあらわにしているところではなかろうか。

  ――― そう。
       害意も悪意も感じられないことが、セナにも引っ掛かっている。

「でも、吉兆って感触でもないんですよね。」
 あいにくと予知の能力はセナにはないが、それでも、冷たいとか暖かいとかいう格好で、間近い何かの訪れを感じることは稀にだがあって。だが、それとも微妙に違う気がするから、ますますのこと困惑しているのだが、

  「…ねぇ、進さん。」
  《 ? どうした?》

 目許涼しく、口許凛々しく。いかにも武人という精悍な面差しが、真摯な眼差しが、真っ直ぐに自分へと向けられたことへ、少々たじろぐようになって頬を赤くしつつも、
「あ、あのですね。///////
 しっかりしろ、御主。
(笑)
「ボクへの害意も悪意も感じられないのは判るんですが。もしかして…この家の、ボク以外の誰かへの害意なら、進さんには見えているのではありませんか?」
 これもまた、蛭魔から重々留意しておけと言われていたことがあって。

 『いいか?
  進は、見かけこそ、俺くらいのまま“大人”という風貌をしているが、
  だからといって俺が持ち合わせてるほどもの融通が利くとまで思ってはならぬ。』
 『…はい?』

 葉柱さんのように、お館様と同世代くらいに見えても実はもっとお年を召しているということでしょうか? 悪かったな、若作りな爺ィでよ。じゃなくて、だ。勝手に拗ねた自分の式神に蹴りを入れてから、蛭魔が続けて言ったのが、
『奴は人じゃあない。こいつらみたいに、人の傍らで陽の気を啜って生きてるような存在でもない。他に同じ種族のいない“唯我独尊”の極み、存在自体が事象の象徴様だから、考え方が根本的に違うというこった。』
『えっと…?』
 何だか判りにくいのですがと小首を傾げるセナへ、
『人ならぬもので、そこらにいる動物とも違うもの。で、しかも途轍もない超自然な能力を持ってやがるから、あいつの場合は“武神”なんて呼び方をしておるがの、そりゃあ便宜上のことだ。』
 神様っての自体が人が勝手に格をつけたくて呼んでる尊称なんだしなと、何だか畏れ多いものへと向けてとんでもないことを言い出す蛭魔であり、
『確かに何でも出来よう、何でも見えておろうがの。だったらって、慈悲深くもあらゆる難儀に手を貸しておるか? 救ってやっておるか?』
『それは…。』
 人ならぬ御方からの過保護が過ぎては、人が難儀を乗り越えるための努力や勉強をしなくなり、成長もしなくなり、果てには生きている意味がなくなるからか? ああそうだ。全くもってその通りだ。鬱陶しいだろうよな、そんなお節介ばっか焼かれたらよ。こらこら、お前、そんな話をしてたんじゃなかろ。脱線しかかるところを葉柱が引き留めるように修正して、さて。
『例えば、今ここに逃れ得ぬ難儀が降って来たとしよう。でっかい彗星が墜落して来たとか。』
『…判りやすすぎねぇか?』
 いちいちうっせぇよと、またもやの蹴りが入りつつも話は続いて、
『進は恐らくお前は助ける。だが、そこまでだ。』
『はい?』
『余裕があれば、この屋敷ごと護りもするかも知れぬがの。突発的な事態なら、確実にお前だけを助ける。』
『…そんな。』
 蛭魔の言い方は。何だかちょっぴり、進が力の出し惜しみをするかのように聞こえてしまい、
『そんなことは…。』
『あるさ。俺やくうや葉柱や。そうさの、武者小路の家にいる、陸とかいうお前の乳兄弟にしても、奴には何の価値もない存在だ。お前が前以て、そういう“周囲の知己ら”も自分には宝物のように大切だと言って聞かせておかぬ限りはな。』
 害されたら悲しいと、そう言っておかない限り、進にとっては誰であろうと十把ひとからげなんだよと。そういう具合に“融通が利かない”から気をつけなと、言われたことがある。
『でも…進さんは優しい方です。』
『だから、お前には、だ。』
 まま、くうにもじゃれるがままになってやってたが、あれは大した苦じゃあないからで。あと、俺の言うことも多少は聞くのは、お前が師匠だとしている相手だから。そうやって少しずつ覚えてる途中だから、そうさな、まだまだ子供と同じだと思っていい…と。だから、気をつけて接するのだぞと言い置かれており。そこのところを思い出して、聞き直してみたところが、

 《 それならば、ある。》
 「…っ!」

 あああ、やっぱりか〜〜〜と。この人はもうもうと、肩から力が抜けかかったものの、

 《 だが。この気配は悪いものではない。》
 「…はい?」

 ボク以外の誰かへの害意は?と訊いて、それならば“ある”と答えた進さんで。だのに、その気配は悪いものではないって…それって?

 「…進さん?」

 えとあの、何と言いますか。ボクもあんまり語彙が豊かではないのですがと、前置いてから。思うところの刷り合わせをしましょうねと、生真面目にも小さなお膝を揃えた御主人様の愛らしさへ。胸の裡をほわりと温め、少々の微かにその精悍な面立ちを、眼差しをゆるめた進だったことは、この際 触れないでおくことにしましょうか。(…う〜ん)


  ――― 都の場末の蛭魔邸にて、一体何が起ころうとしているものか。
       事態はいよいよ風雲急を告げている、のかもしれない?


  「その、質問系の口調、もう流行ってねぇんじゃねぇか?」

 うるさいにゃあ、あんたの出番は次だ次。
(怒)








←BACKTOPNEXT→***


  *えらいこと引き伸ばしてる くうちゃんの秘密と難儀の影ですが。
  これで大したことじゃなかったら、タコ殴りにされますか?
  とりあえず、エイプリルフールまでには何とかしたいなぁと…。

  *…で、おまけ。

    「進の野郎に“誰へでも危ないときは救いの手を差し伸べてほしい”ってのを、
     手っ取り早く刷り込みたいのなら、1つだけ手はあるぜ?」

      「ど、どうするんですか?」

    「お前がこの世界の支配者になりゃあいいんだよ。」

      「ええ〜〜〜っっ!!」

    「そうなりゃ、何処の誰であろうとお前が支配し目をかけてる住民だから、
     進の野郎にしたっても
     放っておくより助けた方がセナも喜ぶって順番で、
     難儀してりゃあ手を貸すっていう庇護認識の対象も広がると。」

      「ででで、でもっ、あのっ。」

    「なに、意識の中での問題さね。ホントに征服までしろってんじゃねぇよ。」

    「それにしたって、
     お前みたいな“俺様”野郎にゃ簡単でも、
     この“ボクなんか坊や”には向いてねぇと思うぜ? それ。」

      「……もしかして、葉柱さんがボクらも守って下さるのは、
       蛭魔さんが日之本の支配者だって思っているから、とか?」

    「………お前ね。俺がどこまで頭悪いと思ってやがる?」


      お粗末っ。
    (笑)